ブランドと航空業界との関係にちなんで「ザ・ウィング(=The Wing)」と呼ばれているこのセンターには、ちょっとした違和感がある。ブランドロゴや玄関先に赤い電話ボックスがあるにもかかわらず、スイスの近代的な時計工場のような雰囲気が漂っているのだ。ただ、それはイギリスの田園地帯の中にある。
内部はもちろん完璧にクリーンで、建物内に光が行き渡るように大量のガラスが導入されている。外を眺めると、畑とその向こうに低い丘が広がっている。隣にはポロクラブがあり、1.6km先にはイギリスらしい目抜き通りをもつヘンリーがあることも知っているため、まさにジュウ渓谷にいるようだとは言えないが。だが、もし目隠しをされていたら、わからなかったかもしれない。
ジャイルズ・イングリッシュは卒業式の卒業生総代の親のような笑顔を見せ、ここまで来るのが大変だったことを認めた。彼は私を連れてウィリアムズのF1カー(ブランドの最新の話題のパートナー)が置かれたブティックの前を通り、ガラス張りの窓から有人の組み立てラインを見て、2階にあるスタッフ用の食堂と接待用のバーを案内し、また下ってCNCフライス盤が並ぶ広々とした部屋を見せてくれた。私が思わず「疲れないんですか?」と聞くと、彼は「疲れていますよ」といいながらも笑顔だった。
彼とニックは、ザ・ウィングにかかった費用を正確には言わなかったが、最終的な請求額が2000万ポンド(約30億円)を超えたことを認めている。この金額は、年間1万本以下の時計しか製造していない会社にとっては巨額であり、最新の会計報告では、パンデミックの影響を受けた2020年半ばの売上高が1430万ポンド(2019年比25%減)と報告されている。同社は、よく言われるロックダウン後の立ち直りを享受しているとしているが、まだ数字には表れていない。一方、ニックによると、ザ・ウィングの生産能力は年間5万本で、これは確かに投資を回収するのに役立つだろうという。
しかし、そこに至るまでが大変だ。パンデミックの最悪の事態がようやく終わったことで、ブレモンは活動の規模を再び拡大している。今月初めにはイギリスで3つの新しいブティックを開いたと発表したが、いずれもシグネットグループの小売店とのジョイントベンチャーだ。今年中にさらに1軒のブティックをイギリスにオープンする予定で、その後は海外にも2軒のブティックをオープンするという。1軒は上海、もう1軒はロサンゼルスのアート地区に9月にオープンするイギリスのモトカルチャーコンセプトを体現した「Bike Shed」だ。
ブレモンはまた、ハイエンドな自社製キャリバーについても語っている。このプロジェクトは何年もリリース日が未定のまま進められていた。今年の秋にはニュースがあるかもしれないとジャイルは示唆している。いずれにしても彼らは、時計業界を味方につけるための大きな仕事を抱えていると知っている。2014年には、ラ・ジュー・ペレ社が製作したことが証明されたムーブメントの全所有権を主張したことが発覚し、HODINKEEのコメント欄は閉鎖せざるを得ないほど炎上した。
今のところ、二人は来たるべきムーブメントについて多くを語っていないが、ムーブメントデザイナーのスティーブン・マクドネルの指揮の下、ブレモンのチームがデザインすることだけは確かなようだ。新しいムーブメントの部品の一部は、ザ・ウィングとラスカムで自社生産されるが、どの部品かは私の推測に任せてほしい。プレート、ブリッジ、そしていくつかのホイール? おそらくはこのあたり。アソートメント、ネジ、穴石? これらはないだろう。

いずれにしても、ザ・ウィングのオープンはブランドにとって歴史的な瞬間であり、そのことがブランドの飛躍につながるかもしれない。イギリス、アメリカ、香港では大きな存在感を示しているが、他の地域ではまださほど知られていない。上海のブティックが示すように、次は中国本土だろう。
ザ・ウィングはまた、イギリスの時計製造の歴史上、重要な出来事でもある。ジョージ・ダニエルズやロジャー・スミスなど、この国の時計製造技術は決して消滅することはなかった。しかし、産業復興の芽は長い間、出てきたばかりの状態のままだ。イングリッシュ兄弟は、彼らが単独で水を与えられるとは微塵も思っていない。
また、その必要はないかもしれない。今のところ、ブレモンは単独でイギリスの時計製造に投資しているが、この国の時計産業のために旗を振っている人たちがほかにもいるのだ。
今年の夏、KPMGは、スミスとクリストファー・ウォードの共同設立者であるマイク・フランスが中心となって新たに設立された「Alliance of British Watch and Clockmakers」の代理として重要な報告書を発表した。それによると、イギリスには100社以上の時計メーカーがあり、それらの会社の年間売上高は1億ポンドを超えていた。まだまだ小さな会社たちだが、成長している。
報告書によると、それらの企業の多くは過去10年間に設立されたものだ。ブレモンとクリストファー・ウォードというイギリスの2大企業がリードしてきたが(後者はブレモンの2年後、2004年に設立された)、ほかの企業も追随している。
しかし、すべてがバラ色というわけではない。兄弟は、自国の時計産業の復興を支援するための投資に消極的なイギリス人に苛立っていることを否定するのに必死で、アライアンスのメンバーからは目立った欠席者が出ている。
イギリスで時計を製造している企業は、スイス、ドイツ、そして何よりも中国に大きく依存している。このレポートによると、生産量ベースでイギリス製時計の部品やパッケージの98%が中国から調達されているという。しかし、セコンダやアキュリストなどのハイストリートブランドは、この数字を変化させている。
今のところ、「任務完了」という言葉は強すぎる。ザ・ウィングは、イギリスの時計製造インフラの欠点を一発で解決するものではない。また、兄弟は、彼らの時計が国内市場を独占することや、我々が理解するような垂直統合を主張しているわけでもない。これは、非常に野心的な長期目標に向けた、大きな一歩なのだ。
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